インドの大富豪といえば、莫大な富を持ち、体中に巻きつけてもまだ足りないくらいの金銀宝石で身を飾っている。その贅沢ぶりは、想像もできないほどだ。
でも、ヒンズー教には、そうした豪奢な暮らしにひたっていたのでは、真の安楽は得られないという教えがあると聞く。
そこで、富豪たちは数年に一度、ヒンズー寺院の修行所にこもる。身につけている服と、飢えを満たすだけの食べ物があれば、十分に満たされて生きていけることを、心と体に刻みつける厳しい修行をするのだそうだ。
「ものがほしい」という欲求は、本能に組み込まれている。断つためには、それほどの修行をしなければならないということだ。

『イギリス人から学ぶ「お金持ちになる人」の基本習慣』 P23より

 

正直に白状すると、ものを買うルールを決めてはいるが、私はいまも、衝動買いのクセを完全にコントロールできているとはいいがたい。
(中略)
やたらになにか買いたくなるときは、たいてい心がささくれだっている。世の中の不条理に腹を立てていたり、妙にさびしかったり。

『イギリス人から学ぶ「お金持ちになる人」の基本習慣』 P32より

 

電話やおしゃべりは、相手の時間も容赦なく奪ってしまう。相手にとっても、この瞬間は人生で一度しかない貴重な時間だということに、もっと気をつかうべきだと思う。
(中略)
私たち日本人は、ノーをいうことに心の負担を感じるものだ。イエスをいうほうが、ずっと簡単。だから、ついイエスをいってしまいがちだ。
だが、イエスをいいすぎる人は、自分の時間を失い、ひいては相手の時間も尊重できない、ということを肝に銘じておこう。
自分の意思や考えは、はっきりいう。これはイギリスで、最初に覚えたことだったではないか。私はいま、そう思い返している。

『イギリス人から学ぶ「お金持ちになる人」の基本習慣』 P55より